星形成過程の観測研究
はじめに
銀河系の中で、新しい恒星は今も作られています。星と星との間に漂う希薄な星間分子雲(ガスと塵からなる雲)が自己重力で収縮して新しい星ができ、そのまわりに惑星系が作られます。私たちの太陽も46億年の昔に、そのようにして形成したと考えられています。星形成過程、惑星系形成過程の理解は、宇宙における最も基本的な構造形成過程の理解とともに、私たちが宇宙の中でなぜここに存在しているのかという根源的な問いに答える第一歩という点で大きな意義があります。
図1 みなみのかんむり座の星形成領域の光学写真
分子雲は背景の星の光を散乱、吸収するので白くぬけて見える。
その右端で星が形成されている。
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星形成の3段階
星形成過程は1980年代から活発に研究されてきました。これまでの研究から、太陽程度の質量の星は次の3段階を経て形成されていることがわかっています。
(1)星間分子雲の収縮と高密度コアの形成 (星なしコア段階)
星間分子雲の中に濃淡が生じ、密度が濃いところが自己重力で収縮を始めます。
これが星形成の序章です。星間分子雲の密度が高まった部分を分子雲コアと呼び、
星形成がおこる直接的母体と考えられています。
分子雲コアの水素分子密度はおよそ 104 cm-3、
温度はおよそ 10 K、大きさは 0.1 pc 程度、質量は太陽質量の 10 倍程度です。
収縮にかかる時間は概ね 105 - 106 年です。
(2)原始星の形成と成長 (主降着段階)
重力収縮が進み中心部分の密度が 1011 cm-3 を超えると、
星の光球に相当するものが形成されます。原始星の誕生です。
原始星には周囲にできる原始星円盤からガスが降着し、その質量は増加していきます。
約 106 年程度かけてこの降着が概ね終ったところで、原始星の質量が決まります。
この主降着段階では、原始星にガスが降り積もると同時に、
原始星円盤から垂直方向に双極状のジェットが吹き出ます。
双極分子流と呼ばれるもので、その速度は数 10 km/s にも達します。
星は激しい産声とともに生まれるのです。
(3)主系列星への進化と惑星系の形成 (Tタウリ型星段階)
こうしてできた原始星は重力エネルギーの解放によって光っているだけで、
まだ太陽のような水素の熱核反応(水素燃焼)は起こっていません。
原始星は 107 年程度かけてゆっくりと収縮し、内部温度を上げていきます。
この段階が Tタウリ型星段階と呼ばれるものです。
内部温度が水素燃焼がおこる温度になったときに、一人前の恒星となるわけです。
この過程で、もうひとつ大事なことが起こります。
それは、惑星系の形成です。原始星のまわりには、原始星円盤の名残として、
ガスと塵からなる原始惑星系円盤が形成されます。
その円盤から惑星が形成されると考えられています。
図2 星形成の3段階を模式的に示す図
星形成過程にはわからないことがいくつも残されています。
たとえば、星形成の多様性(単独星、連星、クラスター形成)の起源、
星の質量の決定機構と大質量星の形成、惑星系形成過程などが挙げられます。
また、星形成、惑星系形成に伴う物質進化の研究も、観測感度の向上とともに
新しい段階に入りつつあります。これは、地球の起源、ひいては生命の起源に対する
一つのアプローチでもあります。
電波観測
星形成の研究は電波、赤外線、可視光、X線など広い波長領域で行われています。
その中で、電波観測は最も基本的で重要な手段です。その理由は次の3つです。
(1)
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星形成の母体である分子雲コアの温度は10 K程度ととても低いものです。そのため、分子雲コアは赤外線や可視光、ましてやX線を放射しません。分子雲コアから原始星に至る過程を見るには、低温でも放射される電波の観測が不可欠なのです。
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(2)
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電波は透過力があります。できたばかりの原始星は分子雲コアの奥深くに埋もれています。分子雲コアに含まれる塵による散乱・吸収のため、原始星からの光は赤外線であっても著しく弱められます。しかし、電波は透過力が高く、その全貌を見通すことができます。
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(3)
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電波領域には数多くの分子の回転スペクトル線があります。いろいろな分子の観測を行うことで、星形成領域の物理構造だけでなく、化学組成を詳細に調べることができます。これは他の波長での観測ではできない特徴です。
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私たちの研究室では、国内外の電波望遠鏡を用いて、
主に、ミリ波・サブミリ波帯での観測を展開しています。
国立天文台野辺山観測所の 45 m 電波望遠鏡(図3左)、
スペインにある IRAM 30 m 電波望遠鏡(図3右)、アメリカの国立電波天文台の 100 m 電波望遠鏡、
フランスにある IRAM のミリ波干渉計など、最先端装置を駆使して、星形成の研究を行っています。
図3
野辺山 45 m 電波望遠鏡(左) と
IRAM 30 m 電波望遠鏡(右)
化学組成に着目
分子雲コアには微量ではありますが様々な分子が含まれています。星間分子と呼ばれているものです。私たちは、星形成領域の化学組成に注目しています。
化学組成に着目する第一の理由は、星形成過程の理解に非常に有効だからです。たとえば、星なしコアについて説明します。このコアができてからどのくらい時間が経っているかを知りたい場合、その形状や物理状態から判断するのは非常に困難です。物理状態は現在の状態なので、過去を知ることは基本的にはできません。一方、化学組成は図4に示すように時間とともに系統的に変化していきます。このことを利用すると、化学組成から星なしコアの「年齢」を知ることができるのです。このような物理進化とリンクした化学進化の考え方は、1992 年に私たちのグループがCCSという分子のサーベイ観測をもとに提案したもので、その後、観測的にも理論的にも確かめられてきました。私たちは、このような考え方を星形成領域に広く応用して、その過程を詳しく調べています。
第二の理由は、宇宙における物質史の総合的理解のためです。星形成過程における化学進化は、星間分子雲における化学と、惑星における化学を結ぶ重要な架け橋です。私たちの地球、そして私たち自身は、このような宇宙における化学進化の結果として存在しています。その深い理解は、私たちの存在意義を問う永遠の課題に答えるためでもあります。
図4 星形成過程における化学進化
最近のトピックス
最近の研究トピックスを紹介します。各項目をクリックしてみてください。
- 複雑な有機分子 (準備中)
- WCCCの発見 (PDF file)
- 負イオンの発見 (PDF file)
- D濃縮で探る大質量星形成
- 13C同位体種で探る星間化学反応
理学部HP / ポスター(PDF file)
- ラインサーベイ (準備中)
これから
星形成から惑星形成の研究はこれから 5 年程度の間に大きな飛躍が期待されています。
その第一は ALMA (Atacama Large Millimeter / submillimeter Array) の運用開始です。ALMA は日本(台湾を含む)、北米、欧州の間の国際プロジェクトで、南米チリのアタカマ砂漠(標高 5000 m)の高地に 12 m アンテナ 54 台、7 m アンテナ 12 台からなる巨大な電波干渉計を建設するものです。これまでの望遠鏡に比べて桁外れの感度と空間分解能をもち、2012 年に本格運用がスタートします。ALMA は角度の 0.1 秒よりも高い分解能を持ちます。最も近い星形成領域で、地球と太陽の距離の10倍程度を解像できる力です。これにより、惑星が生まれている場所での化学進化の空間イメージを捉えることができるでしょう。ALMAにより、星形成から惑星系に至る物質進化を克明に明らかにしたいと考えています。
第二はテラヘルツ帯の観測です。テラヘルツ帯には基本的原子、分子のスペクトル線が多数存在し、それらの多くは比較的高温、高密度領域から放射されます。従って、テラヘルツ帯の観測により、原始星近傍で起こっている現象を選択的に見ることができると期待されています。2009 年には欧州宇宙機関(ESA)が打ち上げる Herschel 宇宙望遠鏡が稼動をはじめます。私たちもテラヘルツ帯の高感度受信機を開発して、チリで観測を始めることを計画しています。ALMA による観測と併せて、宇宙の物質史の解明を進めていきたいと考えています。
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