研究テーマ

rプロセス元素宇宙線

 連星中性子星、あるいは中性子星とブラックホールの連星は、重力波の放出によりエネルギーを失い、やがて合体します。 合体時には、中性子星を構成していた物質の一部が放出され、その大半はrプロセスによってとても重い元素になります。 この中性子星合体からの放出は、宇宙におけるrプロセス元素の主要な起源である可能性が高いと考えられています。
我々は、この中性子星合体が、宇宙線に含まれる超重元素成分の主要な起源にもなっている可能性を提唱しました。  我々は、世界で初めて、中性子星合体由来の宇宙線の拡散と減衰についての定量的な計算をおこない、観測される宇宙線強度を推定しました。 その結果、中性子星合体由来の宇宙線の強度は数百万年の時間スケールで大きく変動することが明らかになりました。 中性子星合体が太陽から数千光年以内で起きるた場合には、超新星で観測される成分を凌ぐ場合もあります。 この数百万年単位での変動は、ある種の隕石の中に残されている宇宙線の痕跡を測定することで検出できる可能性があります。 今後、隕石を用いた測定でこの変動が検出できれば、rプロセス元素の起源と超重元素宇宙線、さらに中性子星合体についての理解に 大きな進展がもたらされると期待されます。

rプロセス元素の化学進化

 EMP星(超金属欠乏星)rプロセス元素組成を観測すると、 星ごとに組成に大きなばらつきがあることが分かります。 金属元素の多くは超新星爆発によって供給されていますが、rプロセス元素の場合は、一部の特殊な超新星、 あるいは連星中性子星の合体でのみ作られたと考えられます。 EMP星は、また超新星がたかだか数回しか起きていない原始銀河で生まれた星だと考えれらるので、超新星の個性を反映して、 EMP星の組成も異なると考えられます。
 私達は、原始銀河の形成・合体史を考慮した化学進化のモデル計算によって、 観測されるEMP星のrプロセス元素組成分布を再現することに成功しました。
 rプロセス元素を作る現象は、稀な出来事なので、原始銀河の中で偶然それが起きるか起きないかによって、 原始銀河に含まれるrプロセス元素の組成は大きく異なります。 現在の銀河系は、多数の原始銀河が集まって生まれたので、銀河系の中のEMP星は、元となった原始銀河の違いに応じて、 多様なrプロセス元素組成を持つことになるのです。

種族III星の生き残り@ 極超金属欠乏星HMP star

 宇宙の最初にできた金属を全く含まない星・種族III星のうち、 質量が太陽の0.8倍以下の星は、現在まで生き残っていると考えられます。 しかし、これまでの観測では、金属量がゼロの星は一個も見つかっていません。 一方で、金属量が太陽の1/100000 以下しかない星は4個発見されており、 極超金属欠乏星(Hyper Metal-Poor star, HMP star)と呼ばれています。
 私達のグループでは、種族III星が見つからない理由として、星間物質の降着の影響に着目しました。 恒星表面の金属量は、星の形成から現在までの間に、周囲の宇宙空間にある星間ガスの降り積もることで僅かに変化した可能性があります。 そこで、種族III星の表面の元素組成の変化を追うモデル計算を、階層的化学進化モデルを用いておこない、 現在の表面組成を推定しました。 その結果、種族III星の表面は、現在では極超金属欠乏星と同程度の金属量になることが分かり、 極超金属欠乏星が実は表面汚染をうけた種族III星であった可能性が高いことが示されました。

種族III星の生き残りA 放浪種族III星

種族III星のうち一部はその母体となった原始銀河から外に飛び出したと考えられます。 なぜなら、原始銀河は質量が小さく、重力が弱いので、星の運動により容易に外に出ることができてしまうからです。 原始銀河の外に出れば、種族III星は星間物質降着を受けず、表面のはゼロのままでいることが期待されます。 こうした星の分布を推定した結果、銀河系から数十万光年の距離に数百個から数千個の種族III星があるとの結果がえられました。 これらの、いわば「放浪種族III星」は、遠方にあり暗いためこれまでの観測では見つかっていませんが、現在開発がなされている、 すばる望遠鏡の超広視野多天体分光装置などを用いれば、発見できる可能性があります。

巨大ブラックホールの質量と周囲の銀河分布

[準備中]

超金属欠乏星EMP連星の進化

[準備中]

超金属欠乏EMP星のIMF初期質量関数

[準備中]

階層的化学進化と銀河系ハローの金属量分布

[準備中]

Keywords

金属欠乏星(metal-poor stars)

宇宙の最初・ビッグバンの直後には、様々な元素のうちで水素・ヘリウムと微量のリチウムしか存在せず、 他の元素は恒星や超新星での元素合成により増えてきたものです。 天文学では、水素・ヘリウム以外の元素をすべて、「金属」と呼びます。 太陽やその近くの星は、主に水素とヘリウムからできてはいますが、2%程度の金属を含んでいます。
一方、金属含有量の少ない星も見つかっています。 これらの星は金属欠乏星と呼ばれ、化学進化が進んでいない古い時代に生まれた星であると推定できます。 金属欠乏星は、宇宙初期の化学進化を記録している存在であり、その当時の超新星や銀河について知る上でも手掛かりとなると考えられます。 銀河系の中では、銀河円盤から外れたハローにある星に金属欠乏星が多いことが知られています。 また銀河系の周りをまわる矮小楕円銀河の星は、ほぼ金属欠乏星であることが分かっています。

星の元素組成、金属量(metallicity)

星に含まれる金属元素の組成は、分光観測をおこない吸収線を測定することで推定できます。 現在、すばる望遠鏡などを使って、多くの金属欠乏星の元素組成の観測が進められています。 これまで組成が観測されたのは銀河系内の星が大半でしたが、最近では矮小楕円銀河の星の観測も進んできています。 星の金属量は、一般的には鉄の含有量で測られます。 鉄と水素の比率を太陽での値で割って対数を取った値 [Fe/H] = log( nFe/nH) / (nFe/nH)sun ) が金属量の指標として使われます。 その他の元素の組成は、鉄との相対値の太陽組成との比であらわされ、例えば炭素(C)の組成なら [C/Fe] = log( nC/nFe) / (nC/nFe)sun ) であらわされます。

超金属欠乏星(extremely metal-poor star, EMP star)

金属欠乏星の中でも、[Fe/H] が -3 以下(つまり太陽の1/1000以下の金属量)の星を超金属欠乏星と呼んでいます。 超金属欠乏星は、宇宙の第2世代の星、つまり、宇宙の初代星が超新星爆発を起こした後、 その超新星で撒き散らされた元素を含んで生まれた星だと考えられています。 だとすると、超金属欠乏星の元素組成は個々の超新星爆発の特徴を反映したものになっているはずで、 超新星爆発の理解や、初代星の性質を探る重要な手がかりとなると期待されています。

極超金属欠乏星(hyper metal-poor star, HMP star)

超金属欠乏星の中でも、[Fe/H] < -5 の星を、極超金属欠乏星と呼んでいます。 これまでの観測で、4個の極超金属欠乏星が発見されています。 極超金属欠乏星に共通する特徴として、炭素の量が相対的に多いことがあげられます。 極超金属欠乏星の [C/H] は全て -1〜-2 程度あり、[C/Fe] にすると +3 以上、 つまり1000倍以上炭素過剰ということになります。

種族III星(population III star, Pop III star)、

宇宙の始めには、星も銀河も存在しませんでした。 また、ビッグバンの時点でつくられた元素は、最も軽い3種類の元素(水素・ヘリウム・リチウム)だけであり、 金属元素は全く存在していませんでした。 (天文学業界では水素・ヘリウム以外の元素をすべて、「金属」と呼びます) 宇宙の歴史のどこかで「最初の星」が生まれたはずですが、 その星は金属元素を全く含まない星であったはずです。 金属元素を全く含まない星は、観測的にはまだ発見されていません。 しかし理論上は、金属量ゼロの星が存在する(した)はずで、種族III星 (Population III star, Pop III star) という名前が付けられています。 種族III星のうちで、質量が太陽の0.8倍以下の星があれば、その星は現在の宇宙でも生き残っているはずです。 なぜなら星の寿命はその質量で決まり、0.8太陽質量以下の星の寿命は宇宙年齢以上になるからです。 これまでの観測で種族III星が見つかっていない理由としては、以下の3通りが考えられます。 @ 種族III星は全て0.8太陽質量以上の質量であった A 低質量の種族III星は形成後に金属を獲得して、表面的には金属量ゼロではなくなっている B 低質量の種族III星は、これまで観測されていない場所にいる 我々の研究では、Aを支持する結果が得られています。

初代星(first star)

宇宙空間において物質は、宇宙全体にほぼ均一に分布していたと考えられます。 しかしこの時にも微小な密度の不均一があり、わずかに高密度の部分はやがて重力で収縮して、やがて最初の星を作ります。 初代星は、大質量の星が多かったと考えられていますが、具体的な質量分布(初期質量関数)は分かっていません。

初期質量関数(initial mass function, IMF)

恒星の性質(明るさ、寿命、合成する元素の種類、など)は、主に恒星が生まれた時の質量によって決まるので、 恒星の初期質量。 初期質量の分布を示す関数を、初期質量関数と呼び、現在の銀河系の星では、太陽より軽い星が多数であり、 より重い方ではm^-2.35 に比例する分布になることが知られています。 現在の銀河系以外では、個々の星の質量を直接観測で測ることが困難なため、初期宇宙でのIMFは分かっていません。 理論的には、宇宙の初期や、金属量が非常に少ない環境では、IMFが現在の銀河系とは異なっており、 より大質量の星が多かった可能性が示唆されていますが、その検証はまだこれからです。

元素合成(nucleosynthesis)

太陽の内部では、核融合により水素からヘリウムを作る反応が起きています。 より重い恒星の内部では、炭素や酸素、鉄などの元素も核融合反応により作られます。 また超新星爆発の際には、爆発的元素合成により様々な種類の元素が作られます。 主に核融合によりこれまであったのとは異なる元素が作られることを、元素合成(nucleosynthesis)と呼びます。 恒星内部や超新星のほかに、中性子星連星の合体や、新星爆発の際にも元素合成が起きると考えられています。

化学進化(chemical evolution)

恒星や超新星などでの元素合成で生まれた元素の一部は、恒星風や超新星爆発により星の外に放出され、 やがて星間物質の中に混ざっていきます。 合成された元素を含んだ星間物質から、次の世代の星たちが作られ、その星たちの中でまた新たな元素が作られていきます。 このようにして銀河や宇宙に含まれる元素の種類や比率が変化していくプロセスを、化学進化と呼びます。 化学進化を探るうえで重要なのが、古い恒星の元素組成の観測です。 恒星表面の元素組成は通常、その恒星が生まれた時の組成を保存していると考えられます(ただし、いくつかの例外があります)。 そのため、様々な時代に生まれた星の元素組成を調べることで、化学進化を調べることができます。

Rプロセス(rapid neutron capture process, r-process)

速い中性子捕獲過程により、重い元素を合成するプロセスをrプロセスと呼び、 rプロセスで作られる元素をrプロセス元素と呼びます。 鉄より重い元素の約半分はこのrプロセスで作られたと考えられており、特に、ウランや金などの元素は、 rプロセスでしか作られないことが分かっています。 rプロセス元素がどういう天体で作られたのかについては、以下の2つの説があり、 どちらが主要なrプロセス元素の生成場所であったのかは、未だ解明されていません。
超新星爆発  星が超新星爆発お起こす際、その中心部は中性子が多い状態になるため、rプロセスが起きることが期待されます。 また、超新星爆発の結果、星の核は中性子星となりますが、出来たての原始中性子星から放出されるニュートリノにより、 中性子を多く含むニュートリノ風が吹くと考えられます。 このニュートリノ風の中でも、rプロセスが起きる可能性が指摘されています。 しかし近年の研究では、特殊な場合を除き、超新星(およびそれに伴うニュートリノ風)では rプロセス元素を作るような環境は実現されないとの結果が出ています。 連星中性子星の合体  連星中性子星、あるいはブラックホールと中性子星の合体の際には、ほぼ中性子ばかりからなる物質が放出されると考えられます。 放出された物質はrプロセス元素合成を起こし、重元素に変わっていくはずです。

中性子捕獲過程(neutron capture process)

普通の恒星の内部で安定的に起こる核融合反応では、鉄までの元素しか作ることができません。 鉄より重い元素は、原子核が周囲にある中性子を吸収してより重い原子核に変わる、中性子捕獲過程によって合成されたと考えられます。 中性子捕獲過程は、原子核の外に単独の中性子が多量にある環境でしか起こらず、 そのような環境は後で述べるような特殊な状況でしか実現しません。 中性子捕獲過程には、rプロセスとsプロセスの2種類があります。 中性子捕獲を起こした原子核が、ベータ崩壊を起こすより速く次の中性子を捕獲できる場合がrプロセス、 次の中性子を捕獲する前にベータ崩壊を起こす場合がsプロセスです。 sプロセスとrプロセスでは、作られやすい元素の種類が異なります。 太陽系の元素組成を調べた結果、sプロセスで作られた元素とrプロセスで作られた元素がおよそ半々で含まれていることが分かっています。 sプロセス元素は、主に太陽の2〜8倍の重さの星がその進化の末期に作ることが分かっています。 一方、rプロセス元素合成がどこで起きたのかについては、超新星爆発に伴って作られたとする説と、中性子星連星の合体で作られたとする説とがあります。

階層的構造形成(hierarchical structure formation)

銀河形成理論では、より小規模な構造が先に作られ、銀河団などの大規模な構造は後から作られたと考えられます。 これを階層的構造形成と呼びます。 初期宇宙で最初に生まれた銀河は小さい銀河であり、銀河同士の合体や、周囲の物質の降着により成長していくことで、 現在見られるような銀河が形成されてきました。 大型の銀河はみな、銀河の衝突・合体を何度も経験してきており、 また宇宙初期では銀河の合体が現在より頻繁に起きていたと考えられます。