南部陽一郎博士のノーベル賞受賞に寄せて

本学物理学教室の大先輩である南部陽一郎博士が2008年度ノーベル物理学賞を受賞されました。おめでとうございます。
南部博士の受賞対象は「対称性の自発的破れ」というメカニズムの提案ですが、これは素粒子論の標準モデルへの足がかりを築いただけでなく、宇宙論にとっても大きな意味を持っています。そのことをかんたんにご紹介したいと思います。
まず、対称性の自発的破れを一目で理解していただくため、ワインの瓶の底をのぞいてみましょう。ワインを注ぐときにオリが舞い上がらないように、真ん中が盛り上がっていますね。瓶は円い筒型ですからどの方向から見ても同じ形に見えます。さて、ワインを全部飲んでしまった後で、瓶の底にぱちんこ玉を落としてみましょう。もし図Aのように盛り上がった底の中心にぴたりと命中してそこに止まったとしたら、やはりどの方向から見てもぱちんこ玉は同じ場所に見えます。しかし、実際にはそんなことは起こらず、図Bのようにオリの溜まっている端の方に落ちるはずですね。底の中心は盛り上がっていて不安定なのだから当然です。こうしてぱちんこ玉が瓶の隅に落ちた後で、瓶の周りをぐるっと回ると、ぱちんこ玉が右に見えたり、奥に見えたり、左に見えたりすることになります。図Aではどこから見ても同じように見えるのに、図Bは違います。これが対称性の破れた状態です。ぱちんこ玉を真ん中にそっと置こうと思っても勝手に滑り落ちてしまうので、これを対称性の自発的破れ、と言うわけです。図Aの状態よりも図Bの状態の方がぱちんこ玉のエネルギーが低く、より安定な状態にあるから、ワインの瓶の中ではこのようなことが起こるわけです。
しかし、現代の素粒子論に基づく宇宙論の研究によると、宇宙の始まりには、図Aのようにぱちんこ玉がワインの底の真ん中にあり、高いエネルギーを持っていたような状態がしばらく続いていたことが指摘されています。宇宙の膨張率はエネルギー密度の平方根に比例するので、このようにエネルギーのかさ上げされた状態が続くと、宇宙は急膨張し、加速的に大きくなります。これによって宇宙は現在私たちが住めるほど大きくなったのです。これが本学物理学教室・ビッグバン宇宙国際研究センターの佐藤勝彦教授らの提案したインフレーション宇宙論であり、私たちの宇宙を作ったワインの瓶がどんな形をしていたのか? ぱちんこ玉に相当するものが素粒子物理の言葉ではどのように表現されるのか? 現在活発に研究が続けられています。

南部陽一郎博士の業績や略歴については理学系研究科や物理学専攻のサイトでも紹介されています。 合せてお読みください。